放送大学で心理学を学ぶ

放送大学での新たな学びを通して自分と向き合いたい

行動経済学の逆襲と、勉強法

今日返却日なので、最後は図書館で読了しました。

 

行動経済学の逆襲

行動経済学の逆襲

 

 この本を読む前に、すでに

 

 

を読んでいたので、所々では、復習するような感じで読むことができたのはよかったです。

この本は、

この本では行動経済学がどのように生まれ発展してきたのかを、私がみてきた範囲で回想していく。(P29)

となっています。

本書の中で、行動経済学については、

経済学とは別個の学問分野ではない。心理学をはじめとするすぐれた社会科学の知見をとりいれた経済学

ということが記載されています。

経済学と心理学という、なんか水と油のようなイメージをもつ組み合わせですが、じつはそこには人というものが絡んでいて、そこには一筋縄ではいかないんですよね。

とにかく、たくさんの学者、研究者の名前や、実験、そしてそこから導きだされる理論や、概念は圧倒されます。行動経済学の始まりと、現在に至るまでの歴史がつづられています。

 

いろいろありすぎて、最初はノートにとっていたんですが、書くことに忙しくなってしまっていたので(疲れたー)、どうなんだろーと思いつつ、ふと、

 

世界基準で夢をかなえる私の勉強法

世界基準で夢をかなえる私の勉強法

 

 この本を手にとりました。

このなかで、とても興味深い箇所がありました。

著者は、授業では、黒板やスライドをそのまま、カメラで写真を撮るような記憶の仕方でそのまま写すように記憶する方法をとってきたとのこと。

もちろん、私にはそんなことはできないし、いままで、ひたすらおぼえるというのは、繰り返し教科書を読み返すか、写すか、はたまた、ひとりでぶつぶついいながら、憶えています。

ただ、私にもできそうで、いや、そうしなくてはいけない、と、思っていて読み進めると、とても参考になる箇所がありました。

 

本の中では、

頭の中で情報を反芻すること。

と、あります。

でも、すべてを反芻することはとても効率が悪い。すでにわかっていることなどは反芻する必要はないので、大切なのは、

最重要なことと新しい情報のみを特定して、その部分を覚えることに集中する。そして、2つ目の点は、おもしろくないものは覚えようとせずに、逆におもしろくないものは忘れてしまえ、と切り返す。すると、とりあえず、おもしろい点(重要点)とおもしろくない点(さほど問題にならない話)の分別が格段にはかどる。(P58)

では、具体的にどうするのか。

とても具体的にある時間で区切って思い出す。昨日の授業や、仕事など。午前中だけとか、授業だと、一こまぶんくらい。

まずは、その授業や仕事が終わった時点の心境を思い出す。大事なことから小さなことに向かって、全体から詳細を思い出していくやり方。

もちろん、ただ思い出すだけではなく、記憶を定着させることが必要です。

何度も思い出し、すなわち反芻し、保存する。

それには、ただ机に座ってやるよりも、むしろそこから離れてできるところがあるといい。

思い出し作業だから、外からみると、ぼーっとしている状態になるから、ある程度安全な場所で、行うのがいいようで、たとえば、人目につく場所、で自分自身が静かにいられる場所。カフェや公園など。

 

だいたい、読みたい本などは、やたらめったら、読んでも、ノートにとることは不可能だし、ノートにとっても、頭に残らなければ意味がない。

記憶に関しては、認知心理学から、さまざまな記憶のしくみがあることは理解できたつもりだったけど、(初歩の初歩です) 自分の勉強に役立てるためにはどうするか、勉強方法は真剣に対策をとらないといけないです。

 

今回、行動経済学の逆襲を読んだ感想を書くつもりが、結局自分の勉強法になっちゃった。

 

しかし、これから注目される分野(というか、もうすでに注目されているけど、今回あらためて)であり、その基本は知っておいていいかな、と思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

今期の授業はすでに、始まっています。

今期うける授業は、放送授業科目は5つ。面接授業は3つです。

放送授業は、

教育心理学概論、社会統計学入門、社会調査の基礎、そして社会心理学です。

面接授業は、

心理学実験2、3そして心理検査法基礎実習です。

面接授業以外はすべて、視聴開始し、すでに、3回目がすんだものもあります。

 

どの授業も、もう、毎回の授業に心がうきうき、わくわく、そしてどきどきです。

すでにいままで受けてきた授業で、まなんだことも出てくるので、ある意味復習のようなところもありますが、それでも、こうやって何度も扱われる実験であるとか、理論のようなものは、重要な概念であったり、考え方や、実験であったりするわけで、復習することで、より、理解がすすみます。

 

そして、なによりうれしいのは、参考図書がどんどん、増えていくこと。

各授業の印刷教材には、その各章ごとに、参考図書や引用文献が紹介されています。

 

その図書は結構古いものだったりするわけで、まずは、アプリのカーリルで検索。

そうすると、登録してある図書館で、在庫があるかどうか、借りることができるかどうかがわかります。

複数の図書館を同時に検索して、確認。

とくにヒットが多いのが、県立図書館。もちろん、ほかにも、各大学などの図書館も検索できるので、どんどん、読みたい本が増えていきます。

各図書館で借りたのは、

このあいだは、まず、社会心理学から

 

ザ・ソーシャル・アニマル―人と世界を読み解く社会心理学への招待

ザ・ソーシャル・アニマル―人と世界を読み解く社会心理学への招待

 

 

 

The Social Animal

The Social Animal

 

 この英語版は、中京大学の図書館(豊田)で借りることかできました。

借りた本は第7版のようです。なので上記のものとは少し違うようです。(なにが、どうちがうのかは、比べているわけではないので、はっきりとはわかりませんが)

服従の心理 (河出文庫)

服従の心理 (河出文庫)

 

 この服従の心理は、メモをとりながら、読了。

つぎに、

 ノーベル賞受賞のリチャードセイラー氏の

行動経済学の逆襲

行動経済学の逆襲

 

 

 社会調査のテキストで参考図書としていた、

社会調査法入門 (有斐閣ブックス)

社会調査法入門 (有斐閣ブックス)

 

 

 その他、

 

かくて行動経済学は生まれり

かくて行動経済学は生まれり

 

 

 

影響力の武器[第二版]―なぜ、人は動かされるのか

影響力の武器[第二版]―なぜ、人は動かされるのか

 

 

 

「教養」とは何か (講談社現代新書)

「教養」とは何か (講談社現代新書)

 

 などです。

とりあえず、すこしづつ、読み進めます。(持ち運ぶのに、苦労しました。めっちゃ、重かった)

 

 

 

 

人生フルーツみてきました。

映画「人生フルーツ」をみてきました。

 

 ( いま、人生フルーツのホームページみていたら、突然、「あなたのPCがウィルス感染しました。電話してください」という、警告がでて、びっくり。

画面操作ができないので、そばにあったタブレットで検索すると、似たような警告がやはりあちこちで出ているようで、対策として示されたものを試すと、この画面が消えました。

でも、さっき立ち上げると、Firefoxなんですが、また同じ警告が。再び、対策を試し、また立ち上げるとFirefoxのところで、この警告画面を含むタブを復活しますか、というものがでたので、キャンセルして、またFirefox立ち上げました。このブログをかいていてもとくに問題ないようなので、あの画面を消すことができたようですが、びっくりしますよね。

あわてて、電話してしまう人もいるようです。

私は最初のこの「にせ」警告のときに、ウィルスバスターでクイックスキャンをしてみたけど、ウィルスは検出されなかったので、これは単に、びっくりさせて、電話を掛けさせるものなんだと思って、ある程度冷静に対処できましたが、また、出てくるかもしれません。どこかで地雷を踏んでしまったんでしょうね。まったく )

 

で、「人生フルーツ」です。

副題のように、英語で、”Life is fruity” となっています。この、fruityという言葉は、辞書で引いてみると、果物に似た、果物の味、ワインが熟成していない、とか、風味に富んだ、など。あと、結構意味深なところもあります。

この「人生フルーツ」というタイトルは、いまひとつ、ぴんとこなかったんですね。

出演されている、津端夫妻が育てている果物、ということだけではないことはたしかですが。

私は、果物が熟成されていくほど、おいしくなるように、人生も時を重ね、年齢を重ねていくほど、味わい深くなっていくことかなー、と勝手に想像していました。

 

当日(今日です)ほぼ満席。私は上映一時間ほど前にいったのですが、前二列ぐらいしか空きがありませんでした。今日はレディースデイで、1100円で観ることができるからかもしれませんし、この上映が明日まで、ということも重なっていたのでしょうね。

 

見終わって・・・

 

深い感動で一杯でした。

映画の途中で、嗚咽してしまう時もありました。

津端夫妻のあり方、考え方、生き方、すべてにおいて、ここには愛があふれていると、思いました。

でも、日本が高度成長期から、バブルを経て、現在に至るまで、様々な経済発展があった裏で、失ってしまったことがどれだけあったことだろう、とも思いました。

家は、暮らしの宝石箱でなくてはいけない

ル・コルビジエ

住まいは、まさに、生きていくための基地であり、休息の場であり、エネルギーを回復し、明日への活力を養う場。

 

一人暮らしであっても、住まいはただ単に、食べて寝るだけの場所ではないはずです。

 

修一さんが、かつて高蔵寺ニュータウンで実現したかったこと。

住まいが、自然とともにあること。自然の中に、住まいがあって、そのなかに人間がいること。

いま、多くの人が都市部に集中し、便利さを享受したいと思っています。私ももちろん、便利がいいことは、とくに年をとることを考えると、大切な住処の選択肢です。

医療や、交通、買い物など、インフラ整備は生活に欠かせないものです。

ネット注文がどんどん伸びているのも致し方ないことかと思います。

私自身、集合住宅に住み、ネットの買い物もよくします。おそらく、この傾向はどんどん加速することでしょう。

でも、この映画を多くの人がみて、また、何度も再上映されるという事実は、私たちのどこかで、これでいいのだろうか、毎日の生活について、悩みや生きていくこと自体になにか価値があるのだろうか、となにか答えを求めている人たちがいる、ということを示しているような気がします。

 

これは、観たひと、一人一人の心に訴えかけるものが異なると思いますが、私は、すくなくとも、自分がいい加減ながら、市民菜園をこつこつやってきたことをとてもうれしく思えました。

この映画をみながら、菜園が恋しくなってしまいました。

津端夫妻のような立派な木があるわけでもなく、市民菜園ですから、いずれはお返ししなければなりませんが、もう、20年以上、へたくそながら、汗水たらして、雑草を抜き、できた野菜たちをその場でほう張るという贅沢も味わってきました。

じつは、なぜ、こんなに大変な畑仕事を好き好んでつづけているのか、自分でもよくわからなかったのです。毎年、更新時期には、年間使用料として5000円を農協に支払いに行くんですが、いつも、もうやめようかな、と思いつつ、また契約。

お隣の畑など、プロ顔負けのすばらしいものです。ときどき、苗や、種芋などいただくのですが、そんな方々に混じって、細々とやってきたのですが、最近ようやく、目覚めた感じです。

これは、やはり人生の中で、どうしても家族や自分自身のことで時間を割かれてしまうことがあって、手が回らなかったこともあったんだなあ、と思っています。

いまようやく、心にゆとりが生まれてきたんですよね。

じつは、この津端夫妻の本

ききがたり

ときをためる暮らし  つばた英子 つばたしゅういち

を、購入したんです。今日映画を観る前に。

で、この本の中に、

とにかく「見守る」

という、英子さんが語っている章があります。

このなかで

それで、芽が出てきたら、とにかく見てあげることね。子どもを育てるのと一緒てすよ。

という箇所があります。

ほんとうにその通りなんです。

じつは、私はずっと、畑仕事をするとき、ヘッドホンで音楽を聴いたり、ラジオを聴いて作業をしていました。

ある日、私の菜園のとなりに住んでいらっしゃって、ご自身も菜園をされている方が、ちょっと私に話かけられて、そのなかで、その方が

「私も昔は、CDとか聴きながら、(畑仕事を)やっていたこともあるわね。でも、やっぱり、野菜たちには声をかけるようなつもりで、愛情を注いであげると、野菜たちも応えてくれるものよ。」

と、おっしゃってくださったんですよね。

私、そのとき、はっとしたんです。ただ、もくもくと作業していることが退屈で、音楽やラジオを聴いていたんですが、退屈なんかじゃないんだと。

野菜たちは生きている。もちろん、犬や猫のようななにか反応がすぐに帰ってくるわけでもないけど、間違いなく、植物たちは、このいい加減な世話人に対して、どう思うだろうか、と。

だって、大きく育ったら、さっさと引きちぎったり、引っこ抜いたりしてしまうわけだから。

それ以来、私はながら作業はやめました。

今日、映画をみながら、つくづく、手間をかけることの大切さ。料理一つ、ひとに接するときも、そう。

 

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みょうがの花です。初めてみました。

 

「人生フルーツ」は、私たちが生きていく上でかかせない、個人の「住まい」「食べる」そして「働くこと(これはいろんなものを含みます)」と、他者との関わり(結局、私たちは一人ではいきていけません。最後はひと、です。)を、あらためて考えさせられる作品でした。

タマネギの苗の植えつけのシーズンで、雨が上がれば、タマネギを植えつけましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

役に立つという生き方

昨日は、放送大学の愛知学習センター開設25周年記念 公開講演会にいってきました。

テーマは、「社会人のためのキャリア形成」講師は、三宅章介さんです。

 

あらかじめ、手元にあった講演のパンフレットには、

・・・。今回の講演では、このような(上記略)キャリアという語をどのように考えればよいのか、またそれをどのように形成していけばよいのかを、以下の内容に従って、皆さんと共に考えてみたい。(以下略)

 とありました。

講演会では、実際にレジュメと、講師の論文がセットになって参加者に配られました。

ぎっしりと書かれた内容は、この講演時間では収まり切れないほどのものであり、実際とても聞き応えのあるものでした。

この公開講演会は、これから放送大学で勉強することを検討している方を中心に設定されているのではないかなと(実際、去年は私も検討する立場で参加したので)おもいますが、今回は、おそらく在学生のほうが多かったのではないかという印象ももちました(でも、私は参加者の内訳を知りませんので、あくまでも感想です)。

 

「キャリア」という言葉に、なにか、たとえば、年齢を重ねたあとに、より違った「キャリア」を積んでいくにはどうすればいいか、という内容かな、と思って集まった方々(私を含む)が多いのではないかと。

 

お話は本当に多岐にわたったわけですが、あくまで私自身のつぼにはまったところを備忘録として、記しておきたいです。

 

私たち日本人が考える職業観と、欧米人がもつ職業観は大きく異なること。ここで講師は、宗教と職業、そして個人主義がどういう経緯で生まれたのか、それがいかに日本の職業観、たとえば、天職という言葉があるが、これはベルーフ(ドイツ語:Beruf)とはどう違うのか。

この論文(産業教育学研究 第46巻第2号 2016年7月)には、細かくそれらの経緯が述べられています。

論文のキーワードとして、ベルーフ(ドイツ語:Beruf)、召命、カルヴィニズム、禁欲的精神、天職(観)、職業(観)、職分、とあります。(これをみただけで、大変な内容だとわかります。じっくり読まないと・・・)

 

で、とてもとても、専門外の私には理解するには時間がかかるものであり、私の感想として(原文をきちんと理解していないわけで、誤解を生むおそれがあるので)述べることができることは、まず、個人主義に関して最近読んだ本とリンクしたこと。

  • 集団主義」という錯覚-日本人論の思い違いとその由来(高野陽太郎著)、
  • 読書力をつける(阿部謹也著)そして、
  • 自分のなかに歴史をよむ(阿部謹也著)(これは少し前に読みました)

本当にびっくりしたというのが正直なところです。

個人主義と職業。そして職業と宗教観。

欧米人の宗教観(とくに聖書を中心にした考え方)と日本人の職業観、とくに天職についての考え方(ここで、講師は井原西鶴の好色一代女を引用されています。)との違い。

ここに、言葉一つ一つに、大変な意味深さと、歴史の重みを感じます。

まとまらないですが、あえて、まとめません。まとめられません。

が、もう一つ、とてもなるほどーとおもったことがありました。

 

それは、講演の最後に質問があったのです。

その主旨として、質問者が自分が積み上げてきた、経験(ここでキャリアといいたいところですが、この講演を聴いたあとは迂闊に使えない)を社会に還元したい。その社会のあり方についてはどうでしょうか、いうものでした。

 

質問者は、私自身がおもうに、おそらく、いままで培ってきた自分の職業的な経験を生かす場を求めていらっしゃるとおもいます。そのためにも放送大学に入学され、それをますます発揮することを期待されていると、推測します。

講師は、ここで、なにかの役に立つことが、その人の依って立つ第一のものでしょうか、と問いかけました。

 

ここで、私自身、はっとしたんです。

この講演の主旨が、つまり、キャリア形成とはいったいどういうことなのか、ということですね。

役に立つ生き方というのは、たしかにわかりやすいものです。

でも、それが果たして自分のもっとも大切な生き方にもってきていいのだろうか。

 

レジュメの中では、スーパー(Super, Donald E.,1980)の「ライフ・キャリア・レインボウ」、シャイン(Schein, Edgar H., 1990)の 「外面的キャリア」、「内面的キャリア」が紹介されています。

レジュメの中で、あらためてキャリアについて定義していますが、この外面的、内面的という二つのとらえかたから、以下レジュメからの引用ですが、

 キャリアを外面的にとらえると、他者との比較が可能となる。キャリアは自分のものだけという理解をすれば、キャリアは他者による比較不可能である(偏差値による教育がどういう弊害をもたらしたかをみればよく理解できるところである)。

ここで、教養ということばがでてきました。

昨今、教養というものが、大学教育の中で、いわゆる役に立たないものではないか、という風潮があり、別の学部に置き換わっているようです。

しかし、教養とはなにか。

これも難しいことなので、一言ではいえません。

が、レジュメを引用すると、

正に、人生を通じた将来の予知不可能なことに対応できる能力は、「教養」であり、「基礎力」である。「キャリアデザイン」という言葉があり、また、近年、このような学部名をもつ大学もあるが、キャリアは計画どうり進むことはまずない。個々人はもとより、社会は常にめまぐるしく変遷する。計画どおりに進めば、人生は全く面白くないものになってしまい、努力も無用になるのではないかと思う。人生は計画どうりに進まないから有意義であり、「生きる力」も付くのである。

その意味で、「キャリアデザイン」は、予知不可能な場面においても対応できる能力を養うということを考えると、つじつまが合う。それに対応する力が「教養力」や「人間力」である。

なるほどーと。

 

たぶん、去年の私には心からそうだ、そうなんだ!と思えなかったかもしれません。

が、いまこのお話や、このような考え方を聴くと、深く深く、心に染み渡ってきます。

 

そして、生きていくこととはどういうことなのか。を深く考えるきっかけにもなります。

 

だれかのために、役に立ちたい、社会のために私を生かしたい、これは本当にすばらしいことです。

実は、今日(2017年10月15日)の朝日新聞の読書の欄に、紹介されていた本(売れている本)

「ふたりから ひとり」ときをためる暮らし それから

つばた 英子、 つばた しゅういち(著)

 

が載っていました。この書評(最相葉月さん)の中で、この本の引用文をよんでまさに、昨日聴いた講演の内容が結びつきました。

「人にしてあげるとか、そんなエライことは考えない。いつもしゅうタンが言うように、人間として、最後まで自分の足で立っていきることが大事なんだと、私も思うの。」

来年90歳になる英子さんの言葉に、背筋がきりっとなる。

これが、人間力かなあと。

 

しかし、なかなか、私などなかなかその境地にいたりません。まだまだ、もがきながら、でも、勉強は楽しいよ!

 

 

 

 

 

 

新しい学期が始まりました!

全然、ブログを更新していなくて。あっと言う間に10月です。

単位認定試験が終わったあと、ここまでの間、猛烈に家の片づけをしていました。

住んでいる集合住宅の大規模修繕に伴い、ベランダの片づけに始まって、徹底的に不用品の整理。

今回は妥協を許しませんでした。

書類一枚、とにかく居場所を決めてきました。いままで、頭の隅にあった、これどうしよう、というものまで、洗い出し、処分と整理。

なぜ、これほどまでに、と考えると、これからの自分の勉強環境をとにかく整えたかったということです。

目の前に、所在不明のものが積んであれば、すぐに集中が切れてしまうことがわかったからです。それを片づけることにエネルギーがいってしまい、全然、集中できない。

単位認定試験のときは、とにかく試験に合格することがメインで、家の中のことはほったらかし(といっても、直前2週間ほどでしたが)。

片づけの嵐は、私の体重コントロール、節電対策にまで及びました。

体重は、すばらしい(?)アプリの利用で、トータル6キロ近く(半年)減。

家中の照明をLEDに取り替え(一人でやったので、首が痛くなりました)

不要布団や長年の汚れが目立つアコーディオンカーテンの処分(粗大ゴミチケット購入)

部屋のものの移動と、本棚(展示品しかなく、組み立てられたものを購入したので、ホームセンターで軽トラを借りて、自宅まで運び設置)を新たに購入。

などなど。

この時期は、去年、放送大学の入学前で、まだ、自分がここまで放送大学の魅力にはまり、心理学のおもしろさ、深さにとりつかれるとは、夢にもおもわなかったことから、ほかにおもしろいことがないかと、あれこれ模索していました。(登山とか)

しかし、いま、卒業研究の申請をして、(まだ、申請が受理されるかわかりません。だめでも、申請をする過程はほんとうに勉強になりました)どんどん、本を読んでいくことで、ますます心理の勉強にはまっていきそうです。

と、いうわけで。

ブログもとにかく、まとまっていなくてもいいから、記録することの大切さを、ダイエットの成功とともに実感したことから、記録し続けることをあらためて心に誓いました(ちなみに、そのダイエットアプリは、あすけん、というアプリです)。

 

今日は、去年の今頃、初めて放送大学の講演会に行ったわけですが、その講演会、

「社会人のためのキャリア形成」をお昼から聴いてきます。

午前中は、体操教室で汗を流してきます!

 

単位認定試験が終了

今回は2回目の単位認定試験ということで、どんなふうに行なわれるのかが分かっているぶん、無駄な緊張感はなかったけど、今回はとにかく暗記中心でした。

まず、心理研究法と日本語アカデミックライティングは教科書やノートが持ち込みできたので、(といっても、勉強はしました)ちょっと安心感はあったかな。

山は、統計法と認知心理学

これは持ち込みはできず、しかも、心理統計法は今期開講したもので、過去問がない。

内容がほとんど、しっかり理解できていない。

もっとも、講師の豊田先生は、第15回目の授業の最後で、

単位認定試験には演習問題と放送授業で行なった結さん*との会話の内容しかでませんよー。

*結さん  ほぼ毎回、講義の最後に、先生との会話に登場する生徒さん。とても優秀です。会話の内容は高度すぎて、ちょっと理解しがたいものがありましたが、憎めないかわいらしい女性です。

 

と。とてもうれしそうにおっしゃってくださいましたが、

が、その演習問題の数の多さと、その結さんとの会話の内容も、私には本当によくわからない。

なんとなく、過去の心理統計とはことなる手法を行なわなければならない、というような内容だったけど、過去のことすらわからないので、(もっとも、卒業研究をするために、過去の文献を読んでいると統計に関してはいろいろある、ということはわかりましたが)

 

他の参考書も買って読んでいましたが、まさに、基礎編なので、受講した心理統計法の教科書をしっかり理解して、暗記する、とまではいかず。

とにかく、丸暗記を実行しました。時間がないので、ひたすら、演習問題と答えを暗記。

で、心の中では、まあ、そうはいっても、このなかからわりと分かりやすそうなのがでるのかなとか、甘いことをちらっと考えてはいましたが。(しかも、演習問題の答えは明記されず、教科書の中から探すもので、それがわからない、という問題も結構ありました。教科書は付箋だらけ)

・・・。

試験開始とともに、とにかく、記憶したのを忘れないうちに一気に答案に(マークシートですが)印をだーっとつけていくということで、早く済みましたが、試験前に、ぎりぎりまで粘って、演習問題を見直してよかったと思えるくらい、勉強中覚えにくかった問題がこれでもか、というくらい出題されていました。

今回、理解もほとんどできず、暗記一辺倒だったので、卒業研究では、統計法をぜひ、使って自分でデータを分析したいです。これは使わないと、わかりません。

 

認知心理学は、教科書が分厚くて、読みこなすのに時間がかかりました。

放送授業は、教科書を読み上げるようなものではなく、講師の高野先生のお話しがとても面白く、むしろ、講義を聞くことに集中していたので、教科書はまさに試験勉強中に繰り返し読むことに集中しました。

本当に高野先生の講義は毎回、楽しく、本当に刺激的でした。

今回、私が卒業研究でテーマにしたい分野は、認知心理学の分野となりましたが、特に意識したわけではないのですが、高野先生のお話しに刺激されたのかもしれません。

 

研究法もアカデミックライティングも、ともに、難しくはありましたが、とにかく刺激的でおもしろくて、全てが血肉となった気がします。

放送大学で勉強していて、本当によかったと、(まだ結果はでてませんが)しみじみ思いました。

こんなふうに、自由に自分の学びたいことが学べるうれしさ、時間的な余裕、経済的にも、自分の勉強に費やすだけの余裕があること、これはしみじみありがたいことだと思います。

学ぶこと自体が楽しいなんて、考えたこともありませんでした。

人それぞれ、自分が心から楽しいと思えること、なんでもいいんです。ただそれが、誰かのためとか、お金儲けとか、そういうことから一切離れて、純粋に学びのすばらしさを体感できることは本当に幸せだなーと、試験を終えてしみじみおもいますね。

さて、今度は卒業研究申請と、来期の授業申し込みです。

 

 

 

 

 

 

イデコのこと。

昨日は、深夜にわたって独り暮らしをしている娘とラインで電話。

平日に、こんな夜遅く話すことはいままでなかったけど、イデコの申請書類について説明をするために、急遽、メールでは足らないので、電話で話すことに。

 

イデコは、個人型確定拠出年金の愛称で、(iDeCo)今年から、20歳以上のほぼすべての国民が加入資格を得るものです。

このことは、私が現在、NISA口座をもっているSBI証券や、その他、書籍などで知ったもので、これは不安定な仕事(契約社員など)についている娘たちに絶対、加入を勧めるべき、と思って、内容や加入についてのアドバイスをしているものです。

詳しくは、山崎元さんの著書、

「シンプルにわかる確定拠出年金」角川新書 

を読むと、とてもわかりやすい。

 

投資とか、証券会社とか、とかく、損をするようなイメージ、あるいは、逆に株で儲けるみたいな短絡的に思ってしまうこともありますが、この年金は、特に20代で働いている人にぜひ、本当に絶対、勧めたいものです。

 

この本には、とにかく徹底的にわかりやすく書かれているので、多くの、特に若いひとに読んでほしい。

そして、専業主婦で、夫の第三号被保険者、自営業者、企業年金のないサラリーマン(契約社員を含む)など、会社にそもそも属していないひと、転職を繰り返す可能性がある人にもう、ぴったりです。

 

だいたい、たとえ企業年金もある会社であっても、かつてありましたが、その従業員の掛け金をへんなところに投資して、何十年分という掛け金をパーにした会社もありました。あほらしくなりますね。

そして、これがいいのは、あくまで個人で行うものなので、働いている会社が倒産しようが、転職しようが、関係ないってことです。

 

もちろん、現在企業年金があるところで働いているひとが、転職するために、いままで積立てていたものを移管することもできるそうです。

 

そんなあんなで、まずは、ネット証券会社に口座を開き、このイデコのための書類の書き方や、方法をいろいろ、前記の山崎さんのほんを参考にしながら、娘に話していたわけで、ちょっと今朝は寝不足気味かな。

仕事中は、寝ないようにしないといけませんね。