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放送大学で心理学を学ぶ

放送大学での新たな学びを通して自分と向き合いたい

マインドフルネスについて

こころの問題

先日のNHKスペシャル でとりあげられていた、ストレスの怖さと、その対処方法についての話はとても興味深かったです。

さまざまなストレスに対処する一つの方法として、マインドフルネスをとりいれている人びと、組織などが増えているということが放送されていました。

 

実は、私自身、母の認知症と向き合うために、精神的になにか支柱になるものがほしいと思い、さまざまなことを行っていますが、その中の一つとして、瞑想をここ数カ月行っています。

最初は、なにか神秘めいた経験ができるんじゃないかとか期待して、ユーチューブとかみると、なにか光るものをイメージするといいとか、まあ、いろいろやってみたんですが、このマインドフルネスという言葉と、それを知って、本を買って読んでみると、仏教の禅に通じるものでもあるようで、これは、私がいま求めているものに合致するのではないかと思っています。

はじめた当初は、時間が無制限で、なにかの神秘体験を求めるような感じだったのですが、これは長続きしませんでした。なぜなら、次から次へと、さまざまな考えが浮かび、終いには足が痛くなり、疲れてしまって、終わりとか。

 

で、現在では、とりあえず時間を決めて、タイマーをかけて、タイマーが鳴ったら終わりと。

最初は10分で、いまは20分です。朝起きて、顔洗って、神様のお水を換えてから、座ります。夜は、寝る前、神様に手を合わせてから、部屋を真っ暗にして行います。

ベランダのほうを向いて、座ります。

早朝だと、小鳥のさえずる声以外はとくに聞こえなくて、静寂の中で行います。

夜は、外の駐車場の車の開閉の音とか、多少人の声も聞こえますが、だいたい静かですし、月明かりが部屋に入ってくるときは、本当に静寂というか、しんとした感じですね。

ユーチューブなどで、瞑想のための音楽とか、いろいろあり、試したこともありましたが、結局、音はないほうが調子がいいようです。音が入ると、そこに誘導されるというか、やはり人間の脳は、どうも無音、そしてなにも見えない状態というとき、さまざまなものを作りだすんですね。だから、たとえ静かな音であっても、そこに心が引きつけられるというのは、どうも、何か違うんじゃないかと、これは私の勝手な考えですが。

 

ここで、その効果のほどはどうか、と検証しても、なにかが大きく変わったかどうか、はわかりません。が、この瞑想が、じつはとても楽しみの時間になっている事実に最近気がついたんです。

マインドフルネスの本として、私はジョン・カバットジン著の、"マインドフルネスを始めたいあなたへ" を購入しました。

そこで、改めて、瞑想の方法と、その心得というか、それらを自覚することから、もう一度私なりの瞑想を行うことにしました。

ネットを検索すると、たしかに分かりやすく、瞑想の方法がまとめられていますが、やはり、分かりやすくて、私が求めてしまった、神秘的な要素みたいなものが前面に押し出されているような記事が多いように思います。

この本の著者であるジョン・カバットジンさんは、日本にマインドフルネスという言葉を、処女作である、"マインドフルネスストレス低減法" (春木豊 訳)を通じて広められた方のようです。

今回、この本をよんで、改めて私は自分の瞑想について、そのやり方や、私なりの方法をみつけること、もちろん、そこにここでいいんだ、という終わりはないかもしれませが、それらを意識すること、たえず、自分に問いかけることが必要だと思いました。

この本の中にもありますが、実践することと、それをただだらだらとするのではなく、意識するということが大切なんだということ。

現在も、さまざまな課題に一つ一つ向き合っていくなかで、唯一、ただ座るだけの時間をもてるありがたさをつくづく感じてます。

まだまだ、瞑想の時間は続きそうです。