放送大学で心理学を学ぶ

放送大学での新たな学びを通して自分と向き合いたい

試験が終わって・・・

先月に初めての単位認定試験が終わりました。

終わったときは、ちょっと気が抜けたような、不思議な感じでした。

振り返ってみて、4科目を選択して試験をうけたということが、いまの私にとってちょうど良いものだったと思いました。

とくに、教育学入門は、記述式であったことから、一字一句をとても大切にできたこと、うろ覚えではなく、自分の言葉に置き換えながら理解しようとしたことは、とてもいい経験になりました。(かといって、書けたことが問題の主旨にあっていたかどうかはわかりません。結果はまだでていないので)

文化、とか、社会化、とか、さまざまな言葉が、学問ではとても大切だということが身に染みたのは、じつは、これらの試験が終わった後に、興味をもった本を読んでみたところ、かつては、なかなか理解できなかったことが、わかるようになってきたことなんです。

心理学という分野を選んだわけですが、たまたま、公共性という言葉にひかれて、”公共性の哲学を学ぶ人のために”(安彦一恵、谷本光男編・世界思想社)を図書館で借りて読んでみると、まさに、このわずか4科目の中で学んだ言葉、概念があちこちで使われていて、そりゃあ、そうだよなと思いつつも、学ぶってこういうことなのか、と感動してしまったわけです。

 

装置としての概念

科目の「心理と教育を学ぶために」のテキストの中に、こんな文章があります。

・・・内田義彦は、自然科学において人間の肉眼では見えない(見えにくい)自然現象を観察する道具として望遠鏡や顕微鏡のような物的装置を使用することに倣って、人間の肉眼では認識することが難しい社会現象を認識する手段として概念(装置)の重要性を指摘している(内田 1985)。

教育研究の各専門領域には、その領域に特有の専門用語=概念が存在している。それらの専門用語=概念は、各専門教育研究分野において、その専門分野特有のやり方で教育事象を観察し認識すのために使用されるある種の実験・分析装置の意味合いをもっているものである。教育研究と各専門教育研究分野を学ぶ際には、専門用語=概念の学習をおろそかにしてはならないのはそうした理由である。(心理と教育を学ぶために、テキストP37,L13-22)

少し長くなってしまいましたが、このあたりは、最初さっぱりわかりませんでした。

もちろん、いまでも、しっかりと説明できるかどうかは自信はありませんが、概念が装置である、という言葉は、これからさまざまな勉強をする上で、とても大切なことなんだ、ということは、わかったような気がします。

最近の、たとえば、専門家の方々のコメントを、さまざまなメディアを通して見聞きすることが多いわけですが、わかりやすく伝えることの難しさを改めて感じます。

物事を学ぶ上での基礎の基礎であること、これを知ったことだけでも、大きな収穫であったと思います。