放送大学で心理学を学ぶ

放送大学での新たな学びを通して自分と向き合いたい

ことばと体について

ピョンチャンオリンピック、真っ最中です。

人前で緊張することのさまざまな知見を宮本先生の講演会で知ったばかりで、今回のオリンピックをみるときにも、選手たち、とくに注目されている選手たちのパフォーマンスに、それらのことが影響するのかを、自然と意識しながらみていました。

 

スポーツ選手が、あるいは、ごく普通の私たちでさえ、緊張状態においてうまく自分をコントロールできないことは多々あります。

 

どうしたらそのような状態を克服、あるいは、それを糧に、次につなげることができるのか。

 

今回、たまたま新聞でとても興味深い記事を読みました。

 

スピードスケート女子 小平奈緒選手の記事

小平奈緒選手についての私自身の知っていることは、ただ単に今回たいへん有望視されている選手であるということだけですが、彼女をさまざまな媒体でみていると、とてもクールな感じがしました。感情をあまり表情にださない感じかな、と。

 

今回、スピードスケート女子1000メートルで銀メダルを獲得しました。

私が購読している、朝日新聞(2月15日付け)の記事には、

小平伸ばした 魔法の言葉

と見出しがあり、記事の中では、

たとえば、「腕を「イチ、ニ」ではなく「イッテンゴ、ニ」で振れ、との意味だ。「テンポを遅らせ、ためをつくることで伸びる瞬間がある」と小平は明かす。ほかにも「チェンジレバー」や「スイッチ」・・・。2人のあいだに存在する「魔法の言葉」」速くなるための技術を言葉に置き換え、高めてきた。

この二人というのは、小平選手のコーチ、結城匡啓コーチです。

もちろん、このことだけではなくても、言葉というのがなにかここで大きな役割を果たしているようです。

とくに、

速くなるための技術を言葉に置き換え、高めてきた

というところが興味深いです。

 

スピードスケートというのが、どんな競技か詳しいことはわかりませんが、少なくともあの薄いエッジに自分の体を預け、ものすごいスピードで疾走するわけで、わずかなことで、(環境や、心のあり方)記録が伸びる、あるいは伸びないということになるでしょうね。

 

言葉で伝えることができるもの

よく、あうんの呼吸といういい方があります。

たとえば、ある技術を伝えるときに、マニュアルもなく、ただ、先達の見よう見まねで覚えるというやり方

ここでは、言葉にできないものがある、というニュアンスです。

 

ちょっと話が飛んでしまいますが・・・。

ただ、先日ラジオ (道上洋三の健康道場より) で聴いていたんですが、能という伝統芸能があります。

ゲストとして、能楽師の安田登さんがお話されていました(本が紹介されていました)。

 

能  650年続いた仕掛けとは (新潮新書)

能 650年続いた仕掛けとは (新潮新書)

 

 

とても興味深いお話だったのですが、このなかで、世阿弥が残した「風姿家伝」について、能がその当時から千年残すことを目指して、書かれたものであるということ、これがどれだけ当時の状況に照らし合わせても画期的だったか、を語ってみえました。

この本はまだ読んだことがないのですが、読んでみたいです。

 

能を千年先を見据えて、残すという使命感をもって書かれた風姿家伝。私は読んだことはないのですが、初心忘るべからず、秘すれば花など聞いたことがあります。

 

 

 羽生結弦選手の復活のかぎ

そして今度は、フィギュアの羽生結弦選手の言葉です。

羽生選手はけがで、このピョンチャンオリンピックに出場するまで、公式には一切姿をみせず、大会にも出場していませんでした。そんななか、今回(じつは今日、これから羽生選手のフリーがはじまりますが(2018年2月17日)、昨日のショートプログラムでは、すばらしい滑りをみせてくれました。

 

一体、どうしてそのようなことができるのでしょうか

これは、今日の朝日新聞(2月17日付け)の記事です。

羽生の言葉を借りれば、「最大公約数」を「連想ゲーム」のように、少額2年のころからつけ始めた「研究ノート」に記録する。つまり、成功や失敗をした時に身体の各部分がどう動いていたかを整理し、共通点を書き出すのだ。そして、ジャンプ成功のために「絶対に見つけなきゃいけないポイント」を絞っていく。だから羽生は自分の精神状態や体の動きを、言葉で的確に言い表せる。とくにミスしたと時ほど話す。「(自分の言葉が書かれた)記事を読み返すと、自分の考えを思い返せる。それは財産であり、研究材料。だからしゃべる」

と書かれていました。

研究ノートというものを使って、たえず自分の状態を客観視すること。そしてこのなかで、

だから羽生は自分の精神状態や体の動きを、言葉で的確に言い表せる。

という箇所はとても印象的です。

また、

「(自分の言葉が書かれた)記事を読み返すと、自分の考えを思い返せる。それは財産であり、研究材料。だからしゃべる」

多くのスポーツ選手や、インタビューをうける人は、こんな風に新聞記者や、レポーターに話したことを自分の研究材料として、分析するのでしょうか。

あらゆることが、自分の糧となる、研究対象となるということですね。

 

おそらく、もう一人の自分がいて、その「彼」が冷静に観察する状態を、研究ノートを通してつくってきたのではないかなかと。

ここにも、言葉のもつ力が含まれているような気がします。

スポーツ選手でけがをして、現場にもどれない方々はいったいどれくらいいるのかわかりません。(私は調べたことがないので)

だから、今回の羽生選手の復活には、一般の人びとだけでなく、実際にいま、復帰をかけてがんばっているプロスポーツ選手や、その他のさまざまな分野でのプロたちが注目しているのではないでしょうか。

 

体を動かすことで、心を整える

ただ、今日の新聞にはこんな投稿もありました。

やはり、今日付け(2月17日)の朝日新聞の「ひととき」から。

お子さんが難聴と知的障害があることがわかり、生活が一変し、精神的に追い詰められたという女性の投稿です。

しかし、それを心配した夫に、スポーツジムに行くことを勧められ、

はじめは苦痛だったが、次第に友達もでき、雰囲気にも慣れた

と書かれており、そのあと

不思議だったが、体を動かすことで、心も元気になることを実感した。

と、書かれています。

この後、そのお子さんも成長し、本来の自分を取り戻した投稿者は、いまは、

笑顔が増え、新しいことにもチャレンジできるようになった

とあります。

お子さんが予期せぬ事態となり、ほんとうにそのときの心の状態(精神状態)は、さぞかし混乱状態だったでしょう。

そんなときは、脳の状態は、おそらく、あらゆる不安、恐怖、これからどうなっていくのか、あっと言う間にそのようなもので飽和状態となったのではないでしょうか。

ここでは、たとえば、日記をつけるとか、記録することもおそらく、効果はあるかと思いますが、このかたの場合は、「なにも考えないこと」という状態を作り出すということが必要だったのかと思います。

言葉で現在の自分の状態やまわりの様子を記録し客観視することは、自分の精神状態をコントロールするには効果がありそうですが、その場合によって、どういうことをすることがいいのかがちょっと、異なるみたいです。

 

自分の意識できないところがあるということ

放送大学の単位認定試験がおわり、結果も出て、とりあえず、全部合格(やった!) しました。

で、ここのところ、どうやって、勉強をしていくかをあらためて模索しています。

今回勉強した、社会心理学教育心理学、社会調査、学習支援心理学、など、どれもおもしろくて、奥深くて(そりゃそう!!)  やっと、これから参考文献を読もうと思っています。

まずは、ティモシー・ウィルソン著 「自分を知り、自分を変える」です。

 

自分を知り、自分を変える―適応的無意識の心理学

自分を知り、自分を変える―適応的無意識の心理学

 

 まだ、読んでいないので、これからですが、授業でちょこっとやったので、とってもわくわくしています。

無意識という言葉には、たとえばフロイトユングといった名前を思い浮かべてしまいます。

今日、オリンピックに出場した選手たち、とくに注目を浴びる選手たちの言葉や、いかに自分をコントロールするかを記事になっていたので、ここでも自分の無意識が関わっているんじゃないかなと、勝手に推測しています。

しかし、言葉というのは、いったいどんな影響を私たちに与えるのか。

つまり、言葉の大切さや、それを記録したりすることで、それらが自分をコントロールし、自分の思いを遂げる重要なツールとなりうるとすると、それを知っているか、知っていないかでは大きく違いますね。

 

(羽生選手と宇野選手が、それぞれ、金メダル、銀メダルを獲得しました! おめでとうございます!)