放送大学で心理学を学ぶ

放送大学での新たな学びを通して自分と向き合いたい

学び続けることについて Part 1.

今朝の朝日新聞、「経済気象台」コラムには、何度でも学べる社会に、というタイトルの内容がのっていました。

その内容のなかで、

国の調査をみても、民間企業における一人当たりの教育訓練費は1990年代以降漸減傾向にある。働き方が多様になり、転職で人材の流動性が高まっている折、一人ひとりが就職後も学びつづけ、専門性やスキルを向上させることが非常に重要になってきている。(L.36-47)

とありました。

まだまだ、大企業に就職したり、公務員になって、人生安泰である、という考え方も根強くあるかと思いますが、情報通信の発達や、多様な生き方というものを選択することができるようになった分、若者が、転職や、会社をやめるという選択肢もありかな、という世の中になってきたことで、企業も人を育てるという部分に関して、お金をつかうことが減ってきたのかもしれません。

多様な生き方とは、どういう生き方か。

たとえば、学校にいる間はとりあえず、短期の目標があります。

卒業するとか、あるいはもっと上級の学校にいくための準備とか、スポーツで大会に出場するとか・・・

でも、働くことが中心になった生活に突入すると、それはそれで、たいへんです。

一生懸命就活し、やっと入った会社で、とにかく慣れるためにはしばらくがんばらないといけない、とか、正社員とかじゃなくても、パートでも、アルバイトでも、とにかく働くことは、身も心もつかれます。

そんな状態で、がんばって、なんとか慣れてきた、というところで、時間に余裕ができ、いまの生活をあらためて見直してみたとき、なんとなく、このままでいいのかなと。

多くの人は、やはり、仕事を中心にしながら、休みにはすきなことをすればいい、と思うのはごく当たり前のことです。

 

学ぶことは、特別なことじゃない・・・働くことと学ぶこと

 私は、短大を卒業し、就職して、務めている間に、たまたま知り合ったいまの夫と結婚し、一年ほど、仕事と結婚生活を両立し、退職しました。

私は、働く職種に関しては、とても無頓着で、なおかつ、好奇心旺盛なので、まずは、結婚して、お腹に子どもを身ごもったときに、1カ月(夏休みくらいのあいだ) ほど、アパートの直ぐ近くにあったラブホテルの清掃係(ベットメイクとか、お風呂を洗うとか)として、働きました。

そこで一緒に働いていた方々のお話など聞きながら、人生いろいろだなーと。自分の知らない世界がそこにもありました。部屋を効率よく片づけることも(お風呂はつかったバスタオルで拭いちゃうとか、いろいろ) 教わりました。

そして、二人の子どもの出産と、彼女らが、保育園に入園のころ、今度は早朝の新聞配達をはじめました。帰りの遅い夫に子育てを期待するのは、きっぱりあきらめていたんですが、すくなくとも、このころ私自身は、小金をため、そろそろ、「勉強」をはじめようかなと、思っていました。ちょうど、そのとき、近所の朝日新聞の販売店で、配達員の募集がありました。

昼間は家事や子どものお迎えもあり、通常の昼間働くパートは難しいと思ったのと、ほぼ深夜に出勤するので、いくら帰りが遅い夫でも、深夜には帰宅して就寝していたので、(お酒を飲んで、かえってこないことも多々ありましたが) 子どもたちだけになることも少ないと、思ったことと、 新聞が大好きで、毎朝、新聞配達のみなさんはどうやって配っているんだろう、という興味もあったのです。

のちのち、そのたいへんさが身にしみるのですが、結局17年ほどつづけることができました。

そして、お金を貯めて、再開したい思った勉強は、英語でした。

再開、としたのは、私は短大で英語科に所属していました。もっとも、英語が好きだったわけではないと思います。英語は、たとえば、私が日本語を母国語として話すことができるように、それをつかって、なにかをする、という手段にすぎないわけですから、英語がつかえる、なにか、を探さなくてはなりませんでした。

といっても、そのときは英語の勉強を一から、つまり文法からはじめるために、週一でYWCAに通いました。

もちろん、新聞配達で稼いだお金で、といいたいところですが、べつにお金に色がついているわけでなく、夫の収入分は、そのころから、もうちょこちょこ自分のためにつかうということにはまったく抵抗がありませんでした。

ごく普通に、私は家庭のなかに自分の勉強をとりいれていきましたが、それが収入に結びつくことはありませんでした。ただ、外へでて、学校に週一でも行くことで、またいろんな出会いがありました。

けれど、ある意味それは自己満足のようなものだったかもしれません。

英検をうけたり、あるいは、もうちょっと進んで、テクニカルライティングというものをまなび、工業英検も受験しました。英語を学べるサークルのようなものに参加するため大阪までいったこともありました。

その後、新聞の求人欄に、特許明細書の要約を翻訳する仕事が掲載され、応募してトライアルをうけると、合格。(自宅で作業して、ネットを介して納品)

だいたい、当時は特許明細書などみたこともなく、とりあえず、PCに専用のソフトをインストールし、その会社からの案件をいただいて、わけのわからない、特許用語と格闘しながら、ひたすら、特許の要約の翻訳を(和訳)をしました。これが、はじめての英語を通じての、収入に結びついたものです。

働くことが、学ぶことと一体になるのは、本人の考え一つかもしれません。ただ、経験値を積むことは、その学びという営みの一つにすぎないかもしれません。

 

学ぶことは、結果を期待しつつ、模索し、もがくことかも

その間も、ずっともやもやしていました。私のしたいことはなんだろう。

新聞配達と、特許の要約の和訳、そしてまた、お金欲しさに、今度は近所の精肉屋さんにパートで働きに出るという生活。

自分でもあきれるくらい、くるくるとよく働きましたが、勉強していたい、学びたいという「思い」はずっとありました。

別に生活が苦しいというわけではなかったのですが (夫はまじめに働いてくれています) 、学びたいという思いと、なにを学んでいいのかわからないという思い。で、結局そのもやもや感から逃げるために仕事を増やしていたのではないかと、いま振り返って思うわけです。

 

上述の、コラムの執筆者は第一線で活躍している経済人、学者とありますので、まさに学びが、ご自身のスキルや、仕事に結びつくものであったわけですが、そのような学びだけではないと思います。

 

つまり、現実に就いている仕事とは関係ないことや、自分ではなかなか認識できないこと、なにを学んだらいいんだろう、ということがわからない人たちがたくさんいるのではないかなーと。

結果をだす、ということが、最終目標にはならない、と思います。

いまの歩んでいる、この毎日が、そしてそのなかで、一歩でも二歩でも、自分が学びたいことはなんだろうと、あきらめず、求め続けること。

10年単位で物事を考えることと、今日一日、明日までのことしか考えられないこととは、違うことではないと思います。

今日一日は、10年の重さがあり、また、10年は今日一日の重さでもあります。

心理学を学びながら、つくづく、人間という生き物、その思考や、存在が深いものかと感じるし、まだ、わからないことが次から次へとあらわれてきます。

 

つづきます。