放送大学で心理学を学ぶ

放送大学での新たな学びを通して自分と向き合いたい

今期登録した科目

今期も3つ登録申請しました。

  • 現代の国際政治('18)
  • 日本の政治外交史('19)
  • 人間にとって貧困とは何か('19)

 

前の学期でとっていたドイツ語は、ドイツ語2に進まず、ドイツ語1を自習学習していきたいです。とにかく、時間がかかるので・・・。

 

私は一度卒業して、再入学しています。再入学した場合の要件単位数は「16」です。

今回、学期で取得した単位は、コース科目の中の、「自コース科目」として、「政治学へのいざない('16)」で取得した「2」でした。

「ドイツ語1('19)」、「国際理解のために('19)」は、それぞれ再入学者の要件単位数には含まれないのですね。

初めて再入学をしたので、なるほどーと思いました。

 

なので、16-2=14 ということで、再入学者不足単位数は、14となります。

 

当たり前ですが、再入学すると、ぐんと単位取得が楽になります。なので、要件単位ではなくても、基盤コースや、外国語など、余裕があれば(金銭、時間など)、いろいろ好きな科目をとって、勉強することができます。

 

自主的に学習するといっても、ちゃんと登録することで、印刷教材を読んだり、講義を聞いたり、そしてなにより、「単位認定試験」を受ける、ということがモチベーションとなります。

締め切り効果というか、ある程度の縛りをもって勉強することは、特に自宅で学習する場合には必要です。

 

ちなみに、学生生活のしおりには、

修業年限および在学年限について、本学を卒業して再入学した場合

  • 入学年次・・・第3年次
  • 修行年限・・・2年
  • 在学年限・・・最長6年

と書かれています。

ちなみに、

初めて大学に入学する場合(第1年次入学)

  • 入学年次・・・第1年次
  • 修業年限・・・4年
  • 在学年限・・・最長10年

他大学等からの編入学

  • 入学年次・・・第2年次
  • 修業年限・・・3年
  • 在学年限・・・最長8年

または、

  • 入学年次・・・第3年次
  • 修業年限・・・2年
  • 在学年限・・・最長6年

 

となります。このへんは、よく知らなかったので、今回しおりを見直して確認しました。

単位と、在学年限は大切なので、憶えておく必要がありますね。

 

 

 

政治学へのいざない 評価は・・・

2020年1学期の単位修得が送付されてきました。

すでに、ネット上(システムWAKABA) で、発表されていたのですが、評価を改めてみて、

なんと、「政治学へのいざない」が評価 「C」に・・・。

ちょっとショックでした(授業はとても面白かったです)。

 

記述式だったので、多分、大幅に的外れのことを書いたのかなーと思いつつ、フィードバックがないので、なんともいえません。

 

放送大学の試験は、面接授業を除いて、ほぼマークシートなんですが、その中でも記述式のテストは、緊張感があるのと、テストの受け方が能動的な感じがするので、むしろ積極的にそういう科目を選択したいなと思っています。

 

実力不足であり、理解不足なんでしょうね~。

学生時代、そもそも、政治について学んできませんでした。歴史の授業なども、現代までくると、ほとんど時間がなくて、さっさと終わってしまったような印象です。

しかし、なぜ、いま政治に対して興味をもつようになったのか。

 

それは、現代の政治を理解する上で、過去、特に現代または、少しさかのぼって、戦前からの日本の政治がどのような考え方で進められてきたのかを知ることが欠かせない、と思うからです。

 

いま、さまざまな媒体で、政治についていろいろな論点が語られていますが、自分にそれらを理解するベースがないから、それらがなにを論じているのかが、わからないのです。

 

それに、今回のコロナウィルスの問題が、さまざまなことを考えさせてくれました。

その中でも、政治が、私たちの生活に直結しているんだということを実感したことは大きいです。

世界でも、米国の「Black Lives Matter」や、香港の情勢、ベラルーシのデモなど、一般の人々が声を挙げている状況があります。

他の国で起こっていることだから、関係ない、としても別に問題ないわけです。

でも、気になる。

 メディアでいろんな人がしゃべっていることを、適当につまみ食いして、わかった気になることにも、あきあきしてきました。

 

というわけで、今回は政治学では、評価「C」をいただきましたが、めげずに続けて勉強します!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めての自宅受験

 コロナ対策のために、初めて自宅で単位認定試験を受験しました。

すでに、一カ月以上経ってしまいましたが、少し振り返ってみます。

 

 

 自宅受験の手続き

受験期間は、7月14日から21日の一週間でした。通常だと、この間に各科目で決められた時間に決められた受験会場に行って受験するわけですが、自宅受験では、この一週間であればいつでも、どこでも解答することができました。

 

すでに、5月に自宅受験が告知されていました。その後、手順が示された印刷物の配布がありました。

印刷物には試験問題の取得方法や、解答の提出方法などがまとめてありました。

当初、システムWAKABAから試験問題を閲覧する方法でしたが、アクセス集中の懸念から、特設サイトからの閲覧になりました。

私はプリンターが自宅にあるので、ネット上の問題をプリントアウトすることができましたが、プリンターがない人用の案内もありました。

あらかじめ、解答用紙 (私は記述式とマークシート解答) が送られていました。

タイムスケジュール的には、6月下旬には解答用紙、返送用封筒、受験方法の詳細がかかれた印刷物が発送され、7月には実施、8月下旬に成績通知という流れです。

 

実際の受験体験

今回、私の受験する科目の解答方法は二つが記述式、そして外国語のドイツ語はマークシート方式でした。

 

試験開始日が7月14日からでしたが、すぐ取りかかりました。

私の場合3科目だけでしたが、二つが記述式、もう一つはマークシートとはいえ、ドイツ語。挫折しかかっていただけに、もう、時間がかかるだろうなと。

今回は、印刷教材は見てもいいし、ドイツ語も辞書をフル活用。

記述式は、通常の試験では、だいたい時間ぎりぎりになってしまうけれど、今回は制限がないため、かえって、時間をかけてしまいました。

解答は郵送なので、うっかりしていると遅れる可能性もなきにしもあらず、です。

 

受験してみた感想など

受験するまでは、不安もありましたが、思ったよりスムーズに行うことができました。

しかし、試験問題の閲覧したとき、その試験問題用紙の表紙の右上に、

予備試験用問題

試験問題持ち帰り不可

と、書かれていたのです。予備試験用の問題なら、本試験用の問題があるのかと探してみましたが、他の問題用紙は見当たりません。ちょっと焦って、問い合わせ先に電話してみたものの、全然つながりません。

どうしよう、と悩んで、普段はほとんどアクセスしない、放送大学Facebookを覗いてみることに。

すると、やはり問い合わせている方がいて、対応をアップしてくれてました!!

 

感謝!

 

つまり、この予備試験用問題が本試験の問題だと。

この件については、のちに本部からお知らせがありましたが、迷った人、多かったんじゃないかなー。

放送大学としても、前例のない試験だったため、かなりご苦労があったでしょうね。

以前、仕事を休めないから試験日が日曜日の科目しか選べないと話してくれた学生さんがいました。

 

私は、今回の試験は正直、ラッキーだったです。なぜなら、ドイツ語はまだ、全然試験をするには勉強不足だったし、記述式に関しては、印刷教材がなければ、どこまで書けたかわからない・・・ 。

 

なにはともあれ、とても貴重な経験でした。今回の処置は緊急用であったけれど、さまざまな事情を抱えて、学びたい科目の試験を受けられない人にとって、このようなやり方が、よい前例となるといいなと思ったりもしました。

このようなやり方は、コロナウィルスが収束すれば( なにをもって収束というのかはわかりませんが・・・)また、元に戻るかもしれませんが、選択肢のひとつとなるといいなとも思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いよいよ、卒業へ

1月末の単位認定試験が終わり、もう2月となりました。

その認定試験の間に、卒業予定者の氏名等のお知らせが届きました。

そしてその後、卒業が見込まれるみなさまへ、という通知がとどきました。

放送大学に入学したとき、単位をどのようにとっていけばいいのかずいぶん悩みました。

システムWAKABAから、あるいは試験結果をもらった時点であとどれだけ単位をとればいいのかを確認できますが、最終的にどのような形で通知がくるのか、先が見えないだけにあれこれ、悩んだことをいまは懐かしく思います。

もちろん、まだ単位認定試験の結果が出てないので、再試験が必要なものがあれば卒業はお預けにはなりますが、とりあえず、ここで一区切りがつけそうです。

今回、大学院の選科生として1学期は現代社会心理学特論を受講しました。そして、2学期は公共哲学を受講しました。

教養学部で、まず最初に心理と教育のコースを選んで学んだことは私にとって、とてもよかったと思っています。

心理と教育の問題は、人として、まずは自分自身、そして他者という関係におけるさまざまな課題を考える材料となります。私自身、生きていくための基礎的なことを、自分の心、そしてそこから派生することや、他者との関係について、さまざまな視点から、多くの研究、新しい研究から時代を超えて、受け継がれる研究などを学びました。

もちろん、ざっとではありますが、まずはそのような学問、研究があるんだということを知ることができたことは大きな収穫となりました。

今回の科目は主に臨床(乳幼児、思春期や青年期、中高年など)を学びましたが、おそらく今までの科目のなかでいままでの概念的なものや、学問的なものとはちがう実践を通じた科目であったことから、学びながらとても面白く、何度もテキストを読みこみました。

これらは、しかし、心理学や教育の学びの最初の時点で、さまざまな概念や、研究を知ることから始めたからこそ、実際の臨床の場での学びに深みが増した、理解がより進んだんだと思っています。

最初はとてもわかりにくく、印刷教材に沢山の書き込みをしていました。

そして、ようやく、いま心理学や教育についてぼんやりながら、その体系的なものを学んだんだなという満足感と、次に向かうための学びの萌芽が現れています。

そのきっかけとなったのは、選科として選んだ「公共哲学」です。

心理学の学びをもっと深くすることも考えたのですが、今度は、心理学を学んだことを基礎に、今度は、社会や政治について考えたいと思うようになりました。

特に、今年はアメリカ大統領選挙の年です。

ドナルドトランプが大統領になったとき、私は相当なショックを受けました。

なぜ、アメリカはこの人を大統領に選んだのだろう。

そこから始まってさまざまな社会の制度や、民主主義ってなんだろう、ということを考えるようになりました。

ミルグラム服従実験は、いかに状況の、人に及ぼす影響が大きいかを示しています。

かつての情報が少なく、身近なコミニティのみの情報で生きていける時代ではなくなりました。つまり、状況が及ぼす影響がかつてなく大きくなっているともいえます。

だからこそ、より多面的なものの見方をすることがとても大切ですし、絶えず自分の考えを更新し、疑うこと、複眼的な思考を教えてくれたのも心理学を学んだからこそです。

心理学で学んだことをまずは、しっかりと心に刻みつつ、次のステップに進みたいと思います。

 

 

 

 

 

乳幼児児童の心理臨床

こちらも来週がテスト。

さまざまな子どもに対する心理臨床がありますが、特に子どもに対する認知行動療法アプローチはいいなと思います。

なぜかというと、そこには子ども自身が自分をコントロールする術を身につけることができるからです。

さまざまな悩みとは、結局自分がどのような思考の癖があるからか、というところからも出てきます。

目の前で起こったこと、自分に対する他の人(家族を含む)の働きかけは、事実としてあるわけですが、それをどのように自分が解釈し、受け入れるかあるいは否定するかは自分次第。

子どもであれば、経済的に親に依存せざるをえないし、学校という枠組みのなかで、自分では選択できない環境での生活を強いられます。

選択できない、ということはかなりのストレスだし、それに対処するためのスキルが必要です。

認知行動療法にはいろんなスキルが紹介されています。

学校の授業などで取り上げてほしいものばかりです。子どもたちは、ゲームが大好きですし、ゲーム感覚で、自分の立場をさまざまなキャラに置き換えてみたりすることもいいかもしれません。

自分の感情や行動が、あるスキルを学ぶことでコントロール可能なものであるということを身体で感じることが、社会人になっても十分役立つことになると思いますね。

公共的問題としての科学技術(第13章)

だいじょうぶかなあと不安になりつつも、ひたすらテキストを音読。

なぜ、音読かというと、黙読していると途中で迷子になってしまうから。

 

今日はひとつ、普段なぜかなあーと思っていたことについてなるほどと思ったこと。

まず,科学技術とはどんなことだろうかと考えると、エネルギー関連や、医療、宇宙関連やAI、IT、情報通信エトセトラ。

私たち消費者はたいてい、それらに対して間接的にあるいは直接的に恩恵を受けることが多いわけですが、これがいいことずくめでもないことも多々あります。

たとえば、放射線量のこと。

健康診断などでレントゲン診断のために被爆することと、原子力発電所の事故で環境に放出された放射線被爆のリスク。

詳しいことはおいておくとして、これらを単純に比較することはできない、という直感が働きます。

環境に放出された放射線が非常に低線量であっても、私たちはそれを受け入れることはできないと思います。

なぜなのか。

まず、大前提として科学技術に対してのイメージは、曖昧さがなく答えがきちんと決まっているというものです。

しかし、科学は未知の領域を扱うものであり、私たちが思っているほど正しさがあるわけではない。

科学技術の知識もなく、専門用語もよくわからないけど、健康診断で被爆するリスクと放出された放射線被曝のリスクとの差異はなにかというと、そこに人の「選択可能性」「信頼性」「責任」などが関わってくるということ。

もし、放射線量が人体に及ぼす影響が小さいから大丈夫と専門家や行政に関わる人たちが決定をして、そのことを実際に被爆する恐れのある住民に公にしなかったとしたら、この問題はどうなるだろうか。

そこには、人々の行政や専門家たちに対する「不信感」と「怒り」が沸き上がり、大問題になるでしょう。

ここで,なるほどと思ったことは、実際に自分たちの健康に影響のないものだと数字で示されたとしても、そこが問題ではないということ。

科学技術の発展の問題は、突き詰めていけば、人々がどのような社会に住んでいきたいか、という人々の願いがあります。

リスクは、心理学でも学んできました。心理学は、あらゆる学問のベースとなるんじゃないですかね。

科学技術とはいえ、扱うのは「人」ですから。

 

 

 

公共哲学

少し前に、通信指導の添削されたものが届きました。

なんと、私は学生番号を、学部生の番号で出してしまっていました!

赤字で直されていました。

解答に対する指導、助言にはそのことは触れられず、提出したレポートの内容に関してだけでした ( レポートが無効にならず、よかった)。

今の時点での精一杯の解答を書いたつもりでしたので、どのような指導が書かれてあるかとてもある意味楽しみに待っていました。

結果としてはまずまずのようでした。課題に対する解答として、そんなに的外れにはなっていない、というような評価であると解釈しました。

公共哲学は、学んでいくとじつは私たちの生活に本当に身近なことに気がつかされます。

テストは、持ち込み不可の記述式。

多分自習型問題をベースに、自分なりの考えをまとめていくしかないかなと思っています。

どんな社会的な問題を取り上げようかと考えつつテキストを読んでいます。